人物情報

アル・パチーノ Al Pacino

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    生年月日
    1940/4/25
    出身地
    アメリカ/ニューヨーク州

本名はアルフレッド・ジェイムズ・パチーノで、ニックネームはソニー。シチリア系の濃いルックスと身長167センチの小柄な体から繰り出す、熱い入魂の演技を得意としている、アメリカが誇る名優の一人。2歳で両親が離婚、祖父母の家で成長した彼は、幼い頃から好きな映画の台詞を覚えては演じてみせることが大好きで、有名な演劇専門高校パフォーミング・アーツ・スクールに入学。オーディションに行くバス代にも事欠く貧困を経験しながらも、66年には名門アクターズ・スタジオに入学を許可され、リー・ストラスバーグの指導のもと、メソッド演技を身につけた。その後、数々の舞台に上がり、68年に「The Indian Wants the Bronx」でオビー賞、翌年には「Does the Tiger Wear a Necktie?」でトニー賞を受賞し、舞台俳優として評価を確立させる。69年に「ナタリーの朝」で映画デビュー。「哀しみの街かど」(71)のジャンキー役で初主演を果たし、翌年、[%ロバート・デ・ニーロ%]、[%ウォーレン・ベイティ%]、[%ロバート・レッドフォード%]、[%ジャック・ニコルソン%]などの錚々たる俳優たちを蹴落として「ゴッドファーザー」(72)のマイケル・コルレオーネ役を射止めたパチーノは、周囲の猛反対を押し切って彼を抜擢したコッポラ監督の期待に見事応える熱演を見せ、アカデミー助演男優賞、ゴールデン・グローブ賞にノミネート、映画界でも名声をつかんだ。その後も、孤立無援で警察組織の腐敗に立ち向かう新人警官を演じた実話ベースのシドニー・ルメット監督作「セルピコ」(73)、自らが主役となった「ゴッドファーザーPARTⅡ」(75)、ルメット監督の「狼たちの午後」(75)、正義感あふれる若手弁護士を熱演した「ジャスティス」(79)と、意欲的な作品で演技への情熱を昇華させ、オスカー候補の常連となる。その他、ジーン・ハックマンとの友情が心を打つアメリカン・ニュー・シネマの傑作「スケアクロウ」(73)、ゲイ・コミュニティに潜入捜査を試みるうちに影響されていく刑事を演じた「クルージング」(79)、暗黒街でのし上ってゆくキューバ人亡命者役の「スカーフェイス」(83)など、いずれもパチーノの力演が光る作品を送り出してきたが、86年、撮影からトラブル続きだった歴史大作「レボリューション・めぐり逢い」が散々たる大失敗に終わり、パチーノ自身、ラジー賞にノミネートされる屈辱を経験、その後4年間は映画界から遠ざかり、舞台に専念した。89年に「シー・オブ・ラブ」でようやく復帰した彼は、完結編となる「ゴッドファーザーPARTⅢ」(9 )を経て、「ディック・トレイシー」(9 )でオスカーにノミネートと快進撃を続け、92年には「セント・オブ・ウーマン/夢の香り」と「摩天楼を夢みて」でダブルノミネート。過去8回のノミネートで初めて、「セント・オブ・ウーマン/夢の香り」の盲目の元軍人役で受賞を果たした。その後は、「カリートの道」(93)、「ヒート」(95)、「訣別の街」(96)、「ディアボロス/悪魔の扉」(97)、「フェイク」(97)、「インサイダー」(99)、「エニイ・ギブン・サンデー」(99)、「シモーヌ」( 2)、「インソムニア」( 2)、「リクルート」( 3)など、主演・助演を問わず、年を取る毎に一層深みのある演技で、圧倒的な存在感を残し続けている。また、舞台版も人気のTVミニシリーズ「エンジェルス・イン・アメリカ」( 3)でゴールデン・グローブ賞を受賞。 96年にはドキュメンタリー「リチャードを探して」で初監督を経験。シェイクスピアの舞台を作り上げていくまでの自らのアプローチを明かしてみせる、俳優アル・パチーノの壮絶な演技への取り組みを生々しく映し出した秀作である。また、同じシェイクスピア劇「ヴェニスの商人」( 5)では強欲なユダヤ人金貸しシャイロック役で、悲壮感に満ちた名演を見せた。私生活では、演技教師のジャン・タラントとの間に娘、現在も交際中の女優ビバリー・ダンジェロとの間に男女の双子がいるが、結婚は一度もしたことがない。「ゴッドファーザー」の共演者[%ダイアン・キートン%]と、長い間交際していた時期もあった。


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