人物情報

ケヴィン・コスナー Kevin Costner

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    生年月日
    1955/1/18
    出身地
    アメリカ/カリフォルニア州

フルネームはケヴィン・マイケル・コスナー。土木電気技術者の父のもと、3人兄弟の末っ子に生まれる。高校生の頃は小柄だったがスポーツに打ち込み、カリフォルニア州立大学では経済を専攻。やがて演技への興味が芽生え、マーケティング会社に就職するも、飛行機の中で名優リチャード・バートンと話をしたことから俳優になることを決意。ハリウッドに移り住み、下積み生活を続けながら成功の機会を伺った。82年に「ラブINニューヨーク」の端役で映画デビュー。「再会の時」(83)では出演シーンがカットされるという憂き目に遭うが、西部劇「シルバラード」(85)で陽気な二丁拳銃使いを演じて注目を浴び、同年の「ファンダンゴ」では後に何度も組むケヴィン・レイノルズ監督と出会い、初主演に抜擢される。そして、「アンタッチャブル」(87)ではアル・カポネと闘う主役の座を射止め、また「さよならゲーム」(88)、「フィールド・オブ・ドリームス」(89)と野球ものに相次いで出演、正統派のアメリカンヒーローとして“ゲイリー・クーパーの後継者”と呼ばれた。9 年には、白人とインディアンの交流を描いた感動作「ダンス・ウィズ・ウルブス」で主演とともに監督にも挑戦、作品賞・監督賞など7部門でオスカーを受賞するという快挙を成し遂げ、一気にスターダムを駆け上がった。続く「ロビン・フッド」(91)ではイギリス中世のヒーロー、「JFK」(91)では真実を暴こうとする検事を熱演。しかし、「ボディガード」(92)の大ヒット後は急激に失速。「8月のメモワール」(95)では心に傷を負った[%イライジャ・ウッド%]の父親を好演したものの、西部劇「ワイアット・アープ」(94)、超大作「ウォーターワールド」(95)、「ティン・カップ」(96)、満を持して再び挑んだ監督作「ポストマン」(97)、「メッセージ・イン・ア・ボトル」(99)がことごとく酷評されてしまう。しかし「13デイズ」( )では久々に骨太な演技を見せ、「スコーピオン」( 1)では狡猾な悪役もいけることを証明。「コーリング」( 2)では一転、亡き妻を想い続け、不思議な体験をする医師役で円熟した演技を見せている。6年ぶりに監督を務めた西部劇「ワイルド・レンジ 最後の銃撃」( 3)では初心に帰り、渋い演技と演出を見せた。 「JFK」や「コーリング」など、[%ハリソン・フォード%]が降りた役が回ってくる傾向にあり。ただ、「エアフォース・ワン」(97)のアメリカ大統領役はケヴィンのために書かれたが、「ポストマン」のスケジュールが押したため、ハリソンに譲ったのだとか。 私生活では、大学時代からの恋人シンディ・シルヴァと78年に結婚、3人の子供をもうけるが94年に離婚した。 4年9月には、19歳年下のモデル、クリスティン・バウムガートナーと再婚。


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